【鬼籍の兵士】 其ノ壱

苔に覆われたお墓は戦没者慰霊碑でした。
墓石クリーニングで露わになった彫刻を読んでみます。

竿石正面の〇〇〇〇は氏名です。
昭和20年(1945)3月25日というと、大東亜戦争末期。
直前の3月10日には東京大空襲で約10万人もの死者が出ています。
フィリピン、ルソン島マリキナはこの辺り↓
フィリピンは大航海時代から400年近くもスペインの植民地でした。
1898年にアメリカと共闘してスペインから独立したはずだったのですが、今度はアメリカに支配されてしまいました。
大日本帝国軍は、このアメリカと戦ったのです。
ルソン島の戦いは兵站が断たれ、多くの兵士がマラリアや飢餓で亡くなったといいます。
この方は「迫撃砲により戦死」とあります。
行年25才。
碑は石ですので、戦後81年経ってもこの方が生きた証が残っています。
未来の日本人のために尊い命を捧げてくださったことに感謝と、この慰霊碑を長きに渡って守っておられるお施主様に敬意です。
最後に、この慰霊碑の裏には...

〇〇はお名前です。
戦後の混乱が落ち着いた頃に建てられたのでしょう。
「父」の一文字が切なく心に刺さる慰霊碑です。
- 合掌 -

お墓は石で出来ています。だから残ります。墓の主が生きた証であり、遥か昔から現在に至るまで、過去に懸命に生きた人がいることを教えてくれます。宗教・国・時代を問わず、お墓から伝わる聲(声)を残していくブログです。
お墓のスペシャリスト
富田孝繁
お墓に携わってほぼ半世紀。建てる・直す・磨くなど技術の習熟のみならず、人間だけが”埋葬”することの意義や死生観を皆様と共有したく発信していきます。
趣味はテニス、三度の飯より酒が好き。
