【盆支度】風習から習う|御霊を迎える心の準備
ここでは物理的な盆支度ではなく、「御霊を迎える心の準備」を古くからの風習から習っていきます。ご先祖様とすべての無縁様(餓鬼)に感謝し施すことで自分自身の救いとなることに気づくでしょう。
盆路作り(ぼんみちづくり)

お盆の7~14日前に、御霊の通り道を整える風習が「盆路作り」といいます。
山頂から墓地への小径、墓地から家々までを昔の人は村中で刈り払って整えました。
亡くなった人の魂は故郷の山に留まって子孫を見守り、そこから盆と正月に家に帰ってくるものだと考えられていたので、「この道を通って迷わずにお越しください」という想いがあったのでしょう。
山は神様や仏様が住む神聖な場所、と信じる山岳信仰の影響が垣間見えます。
墓薙ぎ(はかなぎ)

お盆を迎える前に墓地とお墓をきれいにすることです。
御霊は山から下りてきてお墓を経由して家に帰ってくる、という流れなので、草や土などを薙いで家までの通路を整えます。
「墓薙ぎ」という言葉はもう無くなってしまうかもしれませんが、お盆前の墓掃除は現在の私たちも行っていることで、これからも続いていくと思います。
コナカリさん

このあかり=コナカリさん
お墓で灯したロウソクの火をご先祖様の御霊に見立て、それを提灯に移して家に持ち帰る風習です。
「この灯に付いて来てください」と御霊を誘導する地域もあるようです。
現在でも迎え火を焚いて「じいちゃん、ばあちゃん、こっちだよ~」なんて言いますね。
私たちは田舎住まいですから遠慮なく炊きます。
同じ時間帯にあちこちから迎え火の煙が漂うと、昔からの風習が途切れていないことに安心します。
京都や箱根で有名な「大文字焼き」はダイナミックなコナカリさん(送り火)ですが、宗教的な意味を知らずにエンタメとして楽しむ人が増えているのは嘆かわしいことです。
餓鬼棚(がきだな)

帰ってこられる家があるご先祖様は子孫に手厚く迎えられますが、家が絶えていたり行き倒れた人の魂はどうなるのでしょうか。
ここが日本人の優しさに心が暖かくなるポイントなのですが、ご先祖様へのお供え(精霊棚)とは別に無縁様専用のお供え(餓鬼棚)を用意するのです。
それは家の外に置かれ、無縁様が遠慮なく入れるように高さは90cm未満、三方を葉っぱで隠してあげるという配慮まで。
また、ご先祖様の精霊棚に「水の子(キュウリとナスを細かく切ったものと洗った生米を蓮の葉に盛ったもの)」を無縁様専用のお供物として用意する場合もあります。
【まとめ】御霊を迎える心の準備

お盆は「施し」です。
由来は仏教の「盂蘭盆経」。
要約すると、お釈迦様の弟子が餓鬼道に堕ちた母を救うために僧侶にお供物を捧げて供養したところ、母を餓鬼道から救いだせた、というお話です。
それが中国を経由して日本に入ってくると先祖供養と施餓鬼供養が一対となり、自分の家の先祖だけでなく、餓鬼道に堕ちてしまったすべての魂に心を寄せて施しをする行事となったのです。
「施す」という行為は仏教的に言うと「布施」。
僧侶や困っている人に自分の持ち物を惜しみなく差し出し、共に助け合うことです。
情けは人のためならず
情けをかけて他者に親切にしていれば、いつか巡り巡って良い報いがきます。
それを思い出させてくれるのが「お盆」の行事なのだと思います。
先祖を大切に扱うことと、他者に優しくすること。
是非そんなことを想いながらお盆の支度をしてはいかがでしょうか。
- おしまい -

人生の苦しみや困難に直面したとき、智慧は荒波の中で光る灯台のような深い慰めとなります。心が押しつぶされそうなときにそっと寄り添う言葉や日本人としての誇りなど、宗教・慣習・歴史、ジャンルを問わず溜めていくブログです。この溜池から今のあなたに刺さる智慧があれば幸いです。
